お笑い芸人のヒロシさんと、アウトドアメーカー「笑’s」さんの焚き火台トラブルが話題になっていますね。

ざっくり経緯をまとめると、
ヒロシさんが、自分で考えたアイデアを入れた焚き火台の製作を「笑’s」さんに依頼。
サンプルを作って、やり取りを重ねる中で、
「同じ物は作らない」
という約束があったそうです。
ただ、ここに認識の違いがあったんじゃないかな?
ヒロシさん側は、
「サイズや素材が違っても、似たような物は作ってほしくない」
笑’sさん側は、
「サイズや素材が違えば、同じ物ではない」
という認識だったのでは?(予測です)
その後、完成間近になって契約の話が出たものの、条件が折り合わず、この話はなくなった。
ところが、笑’sさんは、すでに材料などを発注していたため、形を変えて焚き火台を販売。
それを見たヒロシさんが、
「アイデアをパクられた」
という趣旨の投稿をXにした。……という流れですね。
で、これを見て私が思ったのは、
まずはやっぱり「同じ物」という言葉の認識の違い。
これ、かなり大きかったんじゃないかなと思います。
例えば、
「同じ物は作らない」と言われて、
「完全に同じ形じゃなければOK」と思う人もいれば、
「元のアイデアを連想させる物もダメ」と思う人もいる。
日本語って難しい。
「同じ」って、どこまでが同じやねん。
それと、話し合いの途中でヒロシさん側が関係を断つ形になったことについても、個人的には「もう少し話し合えなかったのかな」と思うところがあります。
ちゃんと最後まで話し合えば、トラブルになってなかったのかなっと思います
あと、笑’sさんも、どれくらいの違いがあったのかわからないが、よく似た焚き火台を販売するとトラブルが起こるのは予測できるよね。
まあ、どっちもどっちかな?と。
ヒロシさんと笑’sさんのどちらも好きなわたしは、ただただ、残念な気持ちになりました。
そして、この話を見ていて思った。
これ、ちょっと違うけど、メダカ界でも似たようなことがあるよね。
例えば、誰かが何年もかけて、交配・選別・累代を繰り返して苦労して作り上げたメダカ。
それを別の人が手に入れて、少しだけ手を加える。
ヒレが長くなっただけとか、ラメが入ったとか、アルビノになっただけとか……
そして、
「新しいハウスネームを付けました!」
……となる。
もちろん、改良すること自体は悪いことじゃありません。
メダカは交配して、選別して、改良して、そこから新しい表現が生まれることもある。
でも、
「元になったメダカが誰のものなのか」
「誰がそこまで作り上げたのか」
という部分は、やっぱり大事だと思うんですよね。
ヒロシさんの件とメダカの件に共通しているのは、
「誰が最初に作ったのか」
「どこからが自分のオリジナルなのか」
という問題。
元になるアイデアや、何年もかけて作り上げたものがある。
そこに別の人が手を加えれば、完全に同じ物ではなくなるかもしれない。
でも、少し変えたからといって、
最初に作った人の存在まで消していいのか?
そこは大事なところだと思います。
その元を作った人へのリスペクトは忘れたらアカンと思います。
そんな改良メダカを見るたびに残念な気持ちになります。
まあ、わたしには関係ない世界ですが……。😆
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